① はじめに:「断ったらいいのに」という周囲のことばに、傷ついていませんか?
「嫌なことは、嫌と断る」
みなさんは、これがすんなりとできますか?
……実は私は、これが本当に、とっても苦手です。
なぜなら、誰かから何かを頼まれたら、ついつい相手の期待に応えたくなってしまうから。
目の前の人が困っているなら、なんとかそれを解消してあげたいから。
どんなことでも、自分の力が少しでも役に立つのなら……と思ってしまう、どこか損な、困った性格をしているからです。
しかし、在宅介護の渦中にいた頃、この性格のせいで頼まれごとや「やらなきゃいけないこと」が雪だるま式にどんどん増えてしまい、心も体も完全にパンクしそうになってしまったことがありました。
そんなボロボロの私を見て、周囲の専門家(プロ)は、
「えみさん、そんなに無理しなくていいんだよ。嫌なことは断ったらいいのに」と、言ってくれていました。
だけど、当時の私の心の中は、
「……断るって、一体どうやるの?」
「それができないくらい追い詰められているから、今こんな状態になってるのよーーー!」
と、心の中で激しく叫んでいました。
今なら、あの時のプロたちの言葉が「私を心配しての優しさ」だったのだと分かります。
でも、当時の余裕がゼロだった私にとっては、その言葉さえも、まるで「断れないお前が悪いんだ」と責められているような気がして、本当に辛かったのです。
でも、あの時の私は、どうしてそこまで頑なに断ることができず、全部を一人で請け負ってしまったのでしょうか。
今まさに、周りからの「無理しないで」という言葉に傷つきながら、一人で介護を抱え込んでいるあなたへ。
あの頃の私の不器用な葛藤を少し振り返りながら、「本当に欲しかった手の差し伸べられ方」について、一緒にお話ししてみたいと思います。
② 「断る」というエネルギーすら残っていない、介護の限界のリアル
さて、周りの人に「断れない」せいで、自分のやることがどんどん雪だるま式に増えていってしまった、というお話を先ほどしましたね。
「嫌なら、断ったらいいのに……」
はい。頭では、そんなこと100万回言われなくたって頭では分かっているのです。
でも、ちょっと待ってください。
あの当時、心も体も完全にキャパオーバーになっていて、断ること自体にすら「恐怖」を感じて、ただただ目の前の毎日をこなすことで精一杯だった私。
もしも、あの時の私の担当ケアマネジャーが、今の「私」であったなら、一体どんな言葉をかけてあげたかったかしら……。
そんな風に思い立って、当時の私と、今のプロの私で、ちょっと「一人二役」の心の会話をしてみました。
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当時の私:「お義母さんに突然呼び出されたりして、断れなくて毎日本当に大変なんです……」
今のケアマネの私:「えっ、呼び出されるたびに全部行っているの? それは本当に大変だね。結構、回数も多いのかな?」
当時の私:「はい……。いや、客観的に見たらそんなに頻繁ではないかもしれないけれど、夜中に『倒れそうだから来て』とか、昼間に『ちょっと来て』とか。行ってみたらそんな大層な用事ではなかったりもするんですけど……。でも、仕方ないんですけどね」
**今のケアマネの私:**「いやいや、仕方なくないよ。電話でそう言われたら、心配だし断りづらいよね。それにえみさんは今、子育てもあるじゃない。小さなお子さんを連れて行くのだって、もの凄く大変でしょう。今までよく一人でがんばってきたよね。……本当は、つらくない?」
当時の私:「……私、本当は、つらいのかもしれません」
今のケアマネの私:「そうだよね、つらいよね。ねえ、どうしたらそういう突然の呼び出しがなくなるか、私と一緒に考えてみない? 上手な断り方を練習してみてもいいし、なんなら私(ケアマネ)のほうからお義母さんに何か言ってほしいことがあれば、いくらでも盾(味方)になるからね」
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……うん。自分で想像してみましたが、もしあのボロボロだった頃に、こんな風に私の心に寄り添ってくれる人がいたら、当時の私はどれほど心強かったかと思います。
(それでも、当時の私は『断ることへの罪悪感』を完全に消すことは難しかったかもしれませんが・笑)
でも、今だからこそこうして冷静に振り返ることができますが、本当にエネルギーが底をついている時は、こんな風に「どうしたらいいか」を考える余裕すら、1ミリも残っていないのが在宅介護のリアルなのです。私はただ、逃げたくても逃げられなかった。
私はあの時、ただ、無条件で自分の「味方」になってほしかったのだと思います。
「えみさん、私が100%味方になるよ! なんとかあなたが家に行かなくていいように、私がプロとして作戦を立てるからね!」と言ってほしかった。
でも……もしかしたら私は、周囲から「いいお嫁さん」でありたかったから、自分の心を犠牲にしてでも断れなかったのかもしれません。結局、相手の軸でばかり生きていて、自分軸になれていなかったのですよね。
当時の私が本当に欲しかったのは、私のこの「心が擦り切れたお疲れ」にただただ寄り添ってもらうこと。私が絶対に孤独じゃないという「味方」の存在。そして、「何かあればいつでも逃げ込んで連絡していいんだよ」という安心できる場所でした。
心が完全に擦り切れてしまった時って、正直、どんなに温かい言葉をかけられても、すべてが「きれいごと」に聞こえてしまって、心にまったく潤いが戻らないのです。余裕がなさすぎて、ただただ悲しくて、でも「何がこんなに悲しいのか」すら自分でも分からなくなってしまう。
そうやって心が完全に干からびてしまう前に、がんばりすぎないこと。そして、「どうしたら自分を守れるか」を一緒に考えていける味方を持つことが、何よりも大切なのだと思います。
介護に完璧な正解はありません。
断ることは、自分を、そして相手や毎日の生活を守るために本当に、本当に大切なことです。その「断るためのパワー」をプロに補ってもらうために、私たちは介護の支援やサービスに繋がっていくのだと思います。
③ あの時欲しかった「私がやっておくからいいよ」のぬくもり
当時の私は、「断ること」が本当に怖くて仕方がありませんでした。
断ってしまう(=できない)ということ自体がよくないことだと思い込んでいたのか、それとも「嫁である私がやるべきだ」と強く思いすぎていたのか……。そして、お義母さんの思いを思うととにかく、自分の口から「できません」と発することすらできなかったのです。
だからこそ、心のどこかでは、
「お願い、誰か私の味方になって、代わりに断って……!」
「わからない、つらい」と、ずっと叫んでいたのかもしれません。
今こうして振り返ると、私が本当に喉から手が出るほど欲しかったのは、
「えみさん、もう休んでいいんだよ」
「あなたは何も間違っていないよ」
「これ以上、がんばらなくていいんだよ」と、自分の存在を丸ごと肯定してもらえるような、そんな言葉だったのだと感じています。
もちろん、当時は余裕がなさすぎて、そんな自分の本音にはこれっぽっちも気づけませんでした。
自分で作った「〜するべき」という見えない鎖に縛られて、自分自身をずっと苦しめ続けていたのですよね。
でも、今なら確信を持って言えます。
「〜するべき」なんて正解は、どこにもないのではないのかな、と。
だってそんな苦しい決まり、誰も作ってなんていませんよね。
きっと、その厳しいルールを作って自分を縛ってしまっていたのは、他の誰でもない自分自身だったのです。
「もう、その鎖を手放していいんだよ」と、自分自身に許可を出してあげることができていたら、当時の私の気持ちはもっとずっと楽だったのかな、と思います。
そんな心の余裕が1ミリもなかったあの頃の私は、本当に、本当に苦しかったです。
今でも、当時の私と同じように限界を迎えているあなたに、どんな言葉をかけるのが正解なのかは分かりません。
でも、言葉よりも何よりも。
私は、他の誰でもない「あなた自身」のことが、大切です。
これ以上、がんばらなくて大丈夫。許せるかぎり自分をたくさん褒めて、いくらでも愚痴を吐き出して、あなたががんばってきたその足跡を、まずはあなた自身が認めてあげてください。そして、どうやったらプロに任せて休むことができるかを、一緒に考えていきましょう。
心が苦しくてたまらなくなった今夜は、まずは温かい飲み物を飲んで、ほっと一息ついてみてください。
そして、温かいお風呂にゆっくりと浸かって、心と体をじんわりと緩めて、眠る時間を何よりも大切に作ってほしいなと思います。
あなたが眠る時に、どうか胸がぎゅっと苦しくなりませんように。
④ 最後に:今でも「断る」のが苦手な私から、がんばるあなたへ
今回は、私自身のとても個人的な振り返りの時間となってしまいました。
実は……私は今でも「断る」のがとっても下手くそです(笑)職場の先輩からも、今でもよく言われます。
本当に大切なもの(自分自身や、本当に守るべき生活)を大切にするためには、時には「断る」ということが、もの凄く大事になってくるのだそうです。
これ、不思議なもので、自分以外の誰かが対象であれば、私でもイメージがつくのです。
たとえば
「あの人の状況的に、ちょっと無理をしているんじゃないかな……」
「これ以上は請け負わないほうが良さそうだな」
「これくらいなら、負担なくできるかな?」と、こんなふうに周りのことなら客観的に想像がつきます。
それなのに、いざ自分のこととなると……
「私がもう少しがんばれば、なんとか回るから……!」と、ついつい請け負ってしまうのです。
いやいや、「がんばれば、なんとか」って言っている時点で、もうとっくに限界を超えて無理をしている証拠なんですよね(笑)全部抱え込みたい、欲張りなのかもしれません。
今、私と同じように「断ることが苦手」で、色々なものを抱え込んで苦しんでいるあなたへ。
断れなかったからといって、どうか自分を責めないでくださいね。
あなたが断れなかった裏側には、きっとたくさんの優しい理由や、そうせざるを得ない事情があったのだと思います。
「自分でやる」と決めて、ここまで一人で背負ってこられたこと。本当に、どれほど頑張られて、どれほど苦しかったことでしょうか。
もし、今「苦しいな」「もう限界だな」と心がサインを出していたら、どうか信頼できるプロの支援者(地域包括支援センターやケアマネジャー)に、その重荷を打ち明けてみるのはどうでしょうか。
「私ががんばりすぎて、もう辛いんです」と、そのままの言葉で伝えてみるのもよいかと思います。
そして今夜は、これまでたくさん無理をしてがんばってきたご自身を、たくさん、たくさん褒めて、労ってあげられたらなと思います。
あなたも、私も、今日も本当によくがんばりました。
今夜は、ぐっすりと眠れそうですか?
張り詰めていた肩の力をフッと抜いて、疲れた体をどうか楽にして、ゆっくりと眠れますように。
今日も1日、本当にお疲れさまでした。
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