「もう伝わらないか・・・」と感じているあなたへ。認知症の現場で私が出会った、心がふっと通じた驚きの瞬間?

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① はじめに:家族の心が遠くに行ってしまったみたいで、寂しさを抱えていませんか?

みなさんは「認知症」という病気に、どんなイメージを持っていますか?
一般的には「人や物、場所などを忘れてしまう病気」というイメージが強いかもしれません。

医学的には、さまざまな脳の病気や障害によって、記憶力や判断力などの「認知機能」が低下し、毎日の生活に支障が出ている状態のことを言います。代表的な原因には、アルツハイマー病や脳血管障害などがあると言われています。

そんな認知症ですが、最初のうちは「ついうっかり忘れたのかな?」という程度だったものが、少しずつ進行していくにつれて、まるで「私の知っている親じゃなくなっていくような寂しさ」を感じる、という声を現場でも耳にすることがありました。

「何を考えているのか、さっぱり分からない……」
「心がどこか、遠くに行ってしまったみたい……」

そんな風に、目の前の家族を前にして、やりきれないほどの寂しさを抱えてしまいませんか?

私が以前勤めていた福祉の施設でも、程度の差はあれど、多くの認知症の利用者さまがいらっしゃいました。

ご家族から見れば、「もうきっと、何も分からなくな大人のなってしまったんだ」と思ってしまうお気持ちも……本当に、とても苦しいですよね。

ですが、現場で毎日向き合っていると、「私たちの想いは、届いているのでは?」と思えるような瞬間に出会うこともありました。

今日は、そんな思い出を少し振り返りながら、私のお話を少しお届けできたらと思います。


② 時間をおしてまで話し込んでしまった、不器用だった私の若い頃

私が施設に勤務して、まだ1〜2年目の頃。
当時の現場はどこも人員がギリギリで、常に時間に追われ、とにかく目の前の業務を「テキパキと効率よくこなしていくこと」が良しとされていました(その当時、その職場では)。

お部屋に行って必要な物をお渡ししたり、用件を伝えたら、本当は一言、二言でササッと次の部屋へ行かなければいけないのに……。
どういうわけか、私が行くといつも時間が長い、長い(笑)。

部屋に入ると、
「今日、あんたなの!よかったー!」
と喜んでくれたり、
「ねえ、ちょっと聞いてよ」
とお話が始ばったりして、全く終わらないのです。
私もお話を聞くのが大好きだったので、「それでそれで?」と一緒になって、可能な限りお話をしていました。

内容は、そのほとんどが他愛のない雑談です。
でも、そんな雑談の中にも、その方の何か……
それは、その方がこれまでの人生で培ってきた「ポリシー(信念)」だったり、心の「根っこ」のようなものです。時間をかけて話す中で、私はその大切な部分に触れさせてもらっている感覚がありました。

先輩スタッフからは、「もっと早く切り上げたらいいのに」と、よく言われていました。

不器用だったあの頃。でも、たくさんのお話を聞かせてもらったおかげで、私は言葉の端々から「この人は今、寂しいんだな」「心の対話を求めているんだな」ということを、肌で感じ取ることができるようになったのです。

もちろん今になれば、施設勤務において時間を守って動くことがどれだけ大事か、引くタイミングも必要であること、そしてただ長々と話せばいいわけではないことも、本当によく分かります。
ですが、あの時のあの「時間」がなければ、今の私はありませんでした。

なぜなら、「本当に話したいことや大切なこと」って、出会ってすぐに話すのはとても難しいことだと思いませんか?

全員がそうではないですが、他愛のないお話を何度も何度も積み重ねていくうちに、ある日ふと「……実はね」と、本当に伝えたかった本音をポロッと話してくださることもあります。

「困りごとがあったら、いつ言ってくれても大丈夫ですよ」

と、こちらがどんなに万全の体制で待っていたとしても、
「これすごく困ってるの!」
なんて、遠慮してしまいなかなか口にしてくれません。
あるいは、
「このスタッフは、本当に自分の心を受け止めてくれる人なのかな?」
と、じっくり見定めてくださっていたのかもしれませんね。

たくさんの愛すべき利用者さまと多く関わり、お話をさせていただく中で、私はそのことを、大切な体感としてしっかりと学ばせてもらったと感じています。


③ 今と、思い出の中の時間と、ふっと現れる「あの人」

私が出会った、忘れられないある利用者さま(〇〇さん)のお話をさせてください。

〇〇さんは出会して半年ほどの方で、認知症があり、普段は「お茶を飲みたい」といったその時の要求を伝えるだけの、短い会話がほとんどでした。
また、立ち上がることが頻繁にあり、転倒の危険もあったため、私が事務処理をするときはよく横並びで座り、一緒に過ごしていました。

お隣同士、私はよくこんな風に他愛のないお話をしていました。

「〇〇さん、ご結婚されて一番思い出深い出来事って何かありますか?」
「娘さんから、旅行がご趣味だったと聞きました。素敵ですねえ!私はあまり行ったことがなくて。どちらの街が楽しかったですか?」

当時の〇〇さんの返答は、どれも言葉が噛み合わないものが多くありました。
それでも私はあるとき、こんなことを〇〇さんにお話ししたのです。

「ふふふ、そんな風に、まだよく分からない私には話しづらいですよねえ。もし、いつか『話してもいいかな』って思ったら、その時はこっそり教えてくださいね」

すると次の瞬間、〇〇さんがふっと私の方を向き、まっすぐに目が合いました。
(あ、今でも思い出すと、ここからドキドキしてしまいます)

そして、こうおっしゃったのです。

「あんた、珍しいね。……聞きたい?」

それは、何年もまともな会話はされていないと報告されていた〇〇さんの、驚くほど落ち着いた声でした。
私はびっくりして〇〇さんのお顔を見つめました。目と目が合って、私は少し真顔になっていたと思います。

「……お話ししたくないことは、無理に話されないでほしいです。でも、もし『話してもいいよ』って思ってくださるなら、私は聞きたいです」

そうお伝えすると、〇〇さんはご自身の結婚生活からの出来事や、大変だったご苦労話を、立て板に水のようにしっかりとした口調で話してくださったのです。

ひとしきり話し終えたあと、〇〇さんは、
「一生、誰にも話さないと思ったよ」と、ぽつりとおっしゃいました。

「私が『聞きたい』って言ったから、応えてくださったんでしょう?本当にありがとうございます」
そう言うと、〇〇さんは口元だけでふっと優しく微笑まれ、そしてまた、少し疲れたようにウトウトと眠りにつかれました。

その後、数えるくらいではありますが、昔の話を懐かしむように聞かせてくださることがあり、私にとって本当に大切な、宝物のような時間を過ごさせていただきました。

最初の瞬間は、心が震えて、心臓がドキドキしたのを今でもよく覚えています。

そんなお話をしてくれる時も、思い出に浸っている時間の時も、いつもの言葉が噛み合わない状態の時も……そのすべてをひっくるめて「〇〇さん」という一人の人間なんだ、ということが、とても不思議な感覚であり、記憶や時間、その人と関わるということを深く考えさせられる体験でした。

すべての方と、このような体験ができたわけではありません。

だからこそ私はどの方に対しても、「私とその方の立場を守ること」を、何よりも大切にして接してきました。

立場を守る、というのは、
私自身が「職員として、あなたの100%の味方でいる」という責任を持つこと。
そして目の前の利用者さまは、私の大切な人生の大先輩であり、心から尊敬する存在(その方自身の人生の主役)である、という尊厳を守ることです。
(これって、どんな相手であっても当てはまる、とっても大事にしたいところだったりします)

どんなに会話が噛み合わなくても、その敬意と「あなたのことが大好きです」という想いは、必ず心に持って向き合ってきました。

関わっていく中で、その方の長い人生の『どこかのひとコマ』にも寄り添わせていただける。そんな贅沢で愛おしい感覚もありました。


 ④ 伝わっていない?私はあなたの愛はきっと届いていると信じてます。

認知症という症状が出ると、ご家族は「もともと知っている、あの人ではなくなってしまった」ような感覚になり、本当に複雑で、胸が苦しい思いをされることと思います。

私自身、実の両親はまだ健在で物忘れがある程度ですが、若い頃に働いた時の上司や、大好きだった祖母、よく知る親戚が認知症になった時、ものすごく戸惑った記憶があります。
すぐには現実を受け入れられず、
「もしかしたら、次の瞬間には思い出してくれるんじゃないか」
「明日になったら、普通にできていた頃に戻っているんじゃないか」
そんな不思議な期待感……というよりも、現実を見たくなくて、必死に逃避したいような気持ちを感じていました。

これが、毎日を共にする大切な親御さんであったら、どれほど心苦しく、複雑な思いをされることでしょうか。

ただ、私が長年、福祉の仕事を通して、そしてたくさんのご家族に伴走させていただく中で、強く感じたことがあります。

それは、たとえ言葉が綺麗に通じ合わなかったり、行動に反映されなかったとしても、あなたの想いは、その方の心のどこかに必ず届いているのではないのかな、と信じたいのです。

認知症の症状は、本当にさまざまです。
意識がまだらに繋がる方。
過去の記憶に戻って生活している方。
何もかも分からなくなってしまっている状態の方。
かつての優しい性格とは、まるで真逆のようになって怒りっぽくなってしまう方……。

時には、見たくないようなご家族の姿を、目の当たりにしてしまう場面もあるかもしれません。
状態によっては、内服薬が必要になり、そのお薬の影響で日常生活の動作レベルが落ちてしまうこともあります。

そんな、どんなに苦しい状態であったとしても。
本人の口から言葉として表現はされないかもしれないですが、あなたとその方が紡いできた「大事な過去」は、形を変えない、消えない事実としてそこに残っているのではないのかなと思うのです。

誰も、忘れたくて大事なあなたを忘れたりしているわけではないはずだと、私は思うのです。

実は私自身、自分の大切な子どもたちに対して、こんな話を時折しています。

「お母さんがもし、将来認知症になったらね……」

「お母さんのこと、自分たちだけで見ようと思わないでね」

「介護の現場や専門家(プロ)にも、本当に色々な人がいるから、時には『この人とは合わないな』って感じることもあるかもしれないよね。そんな時は無理して我慢しないでね。人と場所を変えながら、上手に頼ってみてね」

「どんな私になっていても、何を言っていたとしても、あなたたちが世界中で一番大事で、最高の宝物であることは絶対に変わらないからね」

「だから、認知症になったお母さんの言うことは、聞き流してね!真に受けちゃダメだよ(笑)」と。

今、目の前の家族を想って、胸を痛めているあなたがいたら。
あなたがその方のことで悩み、大事に思えるということは、それだけ過去に、その方からたくさんの愛を受け取ってきたからなのだろうな、と想像します。

そんな、あなたを愛してくれた大切な人は、自分の存在のせいで、大好きなあなたに傷ついてほしいなんて、思わないでしょうし。
きっと、あなたに毎日を笑顔で過ごしてほしいと、心から願っているのではないでしょうか。

「まだ現実の壮絶さをすべて目の当たりにしていないから、こんなきれいごとが言えるんだ」
「不快に思われる方がいたらごめんなさい」と、弱気になってしまう自分もいます。

ですが、覚悟を決めて大切な方を介護されていたご家族さまとたくさんお話させていただき、その心持ちや、最期までの道のりをずっと隣で伴走させていただいた私だからこそ、これは綺麗事ではなく、心から感じたことです。

今は、心が休まる暇もないくらい、大変な毎日の連続だと思います。本当にお疲れ様です💮

どうか、色々なヘルプが出せる場所に繋がり、ご自身を大事にする時間を少しでも持ちながら、過ごされますように。

 ⑤ 最後に:あの日の私には想像もつかなかった、愛や家族って。

普段の生活の中で、私は「愛」だとか「信じる」なんて言葉は、めったに口にすることはありません。

ですが、この記事を書きながら、たくさんの利用者さまとご家族の最期に伴走させていただいた日々を振り返るうちに、私はある一つの大切なことに気がつきました。

それは、親と子という関係は、良くも悪くもやっぱり「究極の形」なのかな、ということです。

世の中にはさまざまな親子がいます。
仲の良い親子。
めったに面会に来られない親子。
顔を合わせれば、喧嘩ばかりしてしまう親子……。

綺麗な形ばかりではないからこそ、「繋がっている」なんて言うのは、私のきれいごとなのかもしれません。

それでも、私が現場で確かに感じた、その関係や関わり、そして「愛」というのは、どれもどこか不器用で、でも、言葉にならないほど一生懸命に感じました。
お互いがその時できる「精一杯の形」で向き合っている姿は、本当にすごいな、と当時の私はいつも心震わせていたのです。

今、認知症のご家族を前にして、「もう私の声は届かないのかな」と胸を痛めているあなたへ。

あなたのその割り切れない苦しみも、イライラしてしまう気持ち。
そのすべては、あの日のご家族と同じ、「不器用で一生懸命な愛」の形そのものではないでしょうか。

どうか一人で抱え込まず、専門家の力を借りながら、あなた自身の笑顔も大切に守っていけますように。

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