① はじめに:親に反対されても私が選んだ、この仕事の本当の景色
みなさんは「介護の仕事」と聞くと、どんなイメージを思い浮かべますか?
私が初めてこの仕事に就こうと考えた頃は、世間でもよく「辛い、きつい、厳しい」仕事だと言われていました。もしかしたら今も、同じようなネガティブなイメージを持っている方が多いかもしれません。
実は、私が「介護の仕事をしたいんだ」と自分の親に打ち明けたとき、ものすごく大反対されました。親としては、大変な苦労が見えている道へ子が進むのが、心配でたまらなかったのだと思います。
そんな風に、周囲からの反対や、世間の漠然とした「大変そう」という情報に包まれながらも、自分で覚悟を決めて選んだ介護の世界。
あれからたくさんの時間が流れた今、私が心から感じていること。
それは、「確かに大変なことはたくさんあったけれど、この職業を選んで本当によかった」ということです。
世間のイメージ通りの「大変さ」のその向こう側に、一体どんな素晴らしい景色が広がっていたのか。
自身の歩みを少~し振り返りながら、この仕事の私の感じる「魅力」についてお話ししてみたいと思います。
② 効率やタスクだけでは測れない「いろいろ全部オーダーメイド?」
介護のお仕事と聞くと、多くの人は「食事や排せつの介助、着替え、入浴、レクリエーション、お薬のお手伝い」など、主に生活をしていく上での身の回りのお世話(タスク)がメインかなというイメージを持つかもしれません。
でも、実際の現場では、ただマニュアル通りにそれらをこなせばいいわけでは決してありません。
目の前に利用者さまが10人いれば、そこには10通りの暮らし方があります。
10通りの関わり方(ケア)があり、コミュニケーションの取り方もその方によって本当にさまざまなのです。
それらをプロとして一つずつ考え、関わりながら、その方に一番合うような「支援」をチームみんなで行っていきます。
その数ある関わりの中で、私が一番大好きだったこと。
それは、「その方が歩んできた、何十年という輝かしい『歴史』を知る」ということです。
目の前にいる利用者さまは、全員が私よりもずっと人生の大先輩です。
生きてこられた時代も違えば、私には想像もつかないような荒波や苦労をいくつも乗り越えて、今そこにいらっしゃいます。
何気ない対話の中で、その方が発する一言一言の背景を優しく感じたり、コミュニケーションを通じてその方の内面に少し触れさせていただくことが、若い私にとってはとても衝撃的でした。
それは、自分自身のこれからの「生き方」を教えてもらうような、本当に貴重で贅沢な時間だったのです。
もちろん、仕事をずっと続けていれば、人員不足で時間に追われて「それどころじゃない!」と心がトゲトゲしてしまう日もありました。
「今日はなんだか、やる気が出ないなぁ……」
なんて不届きなことを思ってしまう日も、若かりし頃の私にはありました(笑)
でも、今振り返ると、「ああ、そんな私の未熟な態度すらも、ぜんぶ見越した上でお話してくれていたんだろうな」と気づくこともあります。
何も分かっていないようなフリをして、実は私たちのことを本当によく観察して、考えて関わってくださっている方もたくさんいらっしゃるんですよね。
そんな利用者さまたちの深い優しさに包まれながら、先輩に怒られても「丁寧にコミュニケーションをとる!」という私の強いこだわり(今思えば、本当に愛おしい自己満足ですね)を貫き通した先に、今の私があります。
そのおかげで、たくさんの失敗や困ったことも、すべて私の人生の最高の財産として体験することができました。今では感謝の気持ちでいっぱいです。
③ 最期までの道のりを一緒に歩む「伴走者」になれるように
現場のスタッフを経て、私は「ケアマネジャー」として、利用者様やご家族の最期までの道のりを隣で一緒に歩む「伴走者」のお仕事もさせていただきました。
私はケアマネとして関わらせていただいたとき、ご家族と確認をした上で、割と密に連絡をとらせていただくことが多かったです。
ご家族の考え、利用者様の意思。今後考えられることや、これからどうしていきたいか……。
「ずっと元気でいてほしい」というご家族の温かい願いを受け止めつつ、人生の最期に向かっていく中でどのように関わっていくかを、本当に細やかに話し合いました。
福祉の制度の壁であったり、ご家族だけでなくご親戚の要望や考えが絡み合う中で、どうしていくのがベストなのか。
時には、「それって、一体だれのための支援になるんだろうか……?」という本質的なところまで、時間が許す中でゆっくり、じっくりと、みんなが納得した上で決めていく。それが私の、ケアマネとしての理想のベースでした。
そうしてたくさんのご家族に伴走させていただく中で、私がとても感じたのは、「強さがある」ということです。
大切な人の死が近づくことに対する受け入れや、覚悟を持って日々の介護に関わることがどれほど尊く、もの凄いことなのかを、私は現場で何度も体感させられました。きっと、それまでに紡いできた親子としての深い関わりや、固い絆があるからこそなのだと思います。
「言葉で言わなくても、想いは伝わっている」
そんな美しい瞬間を、ケアマネという特等席で何度も見せていただきました。
お互いに、本人の前では「言わないけどね……」とはにかみながらも、私の前でそっとお互いへの深い想いを口にされている時、今振り返ると、あれこそが本当に温かい「愛」の形だったなと思います。
もちろん、私を信頼して「えみさんだから、これ話すんだよ」と本音を手渡してくれたことや、「あんたがいないと寂しいよ」と言っていただけたことも、大切な宝物です。
中には、私が事務室にいると分かると、車椅子を一生懸命に漕いで会いに来てくださる利用者様もいました。
歩行が大変で、事務室まで来るのはかなりの大仕事のはずなのに、「えみさんに会いに行くのが、私の一番のリハビリになるから!」と、部屋を覗いてくれるのです。
ふざけたお話の中に、そっと本音をちりばめながら、今を懸命に生きてらっしゃる先輩方の姿。
それを前にして、「私だったら、とてもそんな風には格好よく生きられないんじゃないか……」と圧倒されながらも、「今、私にできること」を必死に探していました。うわべの言葉じゃなくて、心の中身をじっと見て信じてくれる大先輩たちには、いつも元気をいただいていました。
今振り返れば、「私の力が足りなくて、もっと何かできたんじゃないか……」という反省や後悔も、数え切れないほどたくさんあります。
でも、そうやって不器用ながらも、一人の人間の人生の最も大切な時間に、100%の味方(伴走者、と言ってよいのかは分かりませんが)として深く深く関わらせていただけたこと。
そのすべてが、今の私の人生を支える、何にも代えがたいやりがいであり、宝物になっています。出会ってくれたみなさんへの「本当にありがとう」という気持ちでいっぱいです。
④ 誰かが居られる場所を作りたい。そんな居場所であれた時の胸が震えるような感覚
私が高齢者福祉の現場で働き、そしてのちに「子育てひろば」の管理者として働かせていただく中で、「私はこの仕事のどんなところが好きなのかな?」と思い返したときに、いつも心に浮かぶことがあります。
それは、「私のこの立場で、全力で目の前の人の味方になれる」ということです。
「なんのことやら……」と思われるかもしれませんし、私自身、何を言っているんだろうかと思うこともあります。
けれど、何もない私個人が、誰かの味方になりたいと思っても、現実には何もできないことって本当に多いのです。
その人が繋がれたらよい支援だったり、困った問題に寄り添える気持ちだったり、安心できる場所だったり……。この「福祉の仕事」をしているからこそ、私はその人と出会い、一緒に悩んだり、考えたりすることができるんですよね。
それ自体、私の自己満足なのかもしれません。
でも、その方の心からの笑顔が見られたとき。
「ああ、いま、ほっとできたのかな」
と、ここが少しでも「ほっとできる場所」「笑顔が出せる場所」になれたのだなと思えることで、私自身が一番嬉しくなったりします。
ただの「当たり前のようにいられる場所」として、そこで安心して過ごしてくれている姿そのものを見たときに、
「ああ、私はこの仕事をしていて本当に、本当によかったな」と胸が震えるのです。
若い時はそれこそ、「自分が何かをすることで、相手に良い変化につなげられるように!」と、熱く燃えていました。
けれど、色々な時代を経て、今の私の行き着いた気持ちは、「心地よい居場所の提供したい」です。そして、ここに「いつでもあなたを待っている人がいるよ」というメッセージが、どこかにそっとあればいいのかな、ということ。
悩んでいるお母さんも、介護で疲れているご家族も、そしておじいちゃんやおばあちゃんも。
今、きっととっても大変で、心に余裕もなかったり、しんどい時の真っ只中なのだろうと思います。
でも、どうか振り返ってみてください。
みなさんそれぞれの中に、「自分でがんばる力」は、最初からしっかりと持ってらっしゃるのですよね。
今はちょっと、日々の大変さに埋もれて、それが今はできないだけ……。
だからこそ、私たちができるのは、その人が自分では気づけないくらいの「ちょっとした手伝い」になれたらと思います。
私はただ、その人のすぐ横にいて、倒れそうなときにそっと手を添えて支えるくらい。そんな気持ちを、今でもずっと忘れません。
これだけ日々をがんばってらっしゃるのですから、疲れてしまうこともあります。
疲れたら、ここでいくらでも休憩していってください。
立ち上がるのが大変な時は、あなたが「立ち上がろう」と思えるその時が来るまで、私はそっと隣にいます。
そして、自分の力で立ち上がって、また前に進めるようになったら、横からそっと応援します。あなたは、一人じゃありません。
いつか、その方が私の存在のことなんてすっかり忘れて、自分の人生をまた力強く進んでいけるようになること。
それこそが、支援に携わる私たちにとって、一番の幸せであり、最高のゴールなのかもしれません。
⑤ 最後に:優しくありたいと願う、すべてのあなたへ
正直なところ、私は福祉の仕事が「楽しい」とか「楽だ」とは思いません。
でも、不思議とその場に立つと、気持ちがシュッと引き締まるのです。
目の前の人の笑顔を見るとこちらの心もほころんで、何か困っていることはないかなと思えば、そっと横にいたくなる(もちろん、プロとしての距離感は大事にしながらですけどね・笑)
私が知っている現場は、これまで働いてきた数少ない場所だけです。
全国、そして世界中にあるたくさんの施設や現場には、私の想像を絶するような厳しい環境でがんばっていらっしゃる方もたくさんいるのだろうと思います。
私自身がここまでがんばってこられたのは、本当に環境と、出会った「人」にとても恵まれたからだと思っています。
きついと感じるようなことがあっても、一緒に励まし合える仲間がいて、話し合える良い上司に恵まれて、本当に良い環境で育ててもらいました。
それでも、自分の中でたくさん葛藤し、「もう続けるのがつらい……」と感じて、場を変えて再チャレンジを決意したこともありました。そして、今ここにいます。
でも、いま振り返れば、「すべての出来事が、一周まわって全部今に、 そしてこれからの自分のためにあったのかな」と思っています。
経験という意味では、私はまだまだひよっこだと思っています。
もの凄い場数を踏んで素晴らしい介護をされている方はたくさんいらっしゃいますし、福祉の分野には、多方面からアプローチする各分野のスペシャリストたちが山ほどいます。
そんな素晴らしい方たちの活躍やお話をいつも尊敬の念で聞かせてもらいつつ、「じゃあ、私がやりたい福祉って何?」「私が望むところって、何が一番大事なのか?」と、今でもずっと自問自答をしたりします。
そんな私の、今の一番の課題は「自分を大事にすること」です。
現場のプロとして、「自分を大事にできないと、本当に人のことを見ることはできない」と言われたことがあります。
これ、実は私、とっても苦手なんです(笑)
でも、この課題と正面から向き合いながら、自分自身をさらにパワーアップさせて、より良い「今のベスト」に近づき、日々自分を更新できるように精進したいな、と思っています。
今、介護や福祉の世界でがんばっているあなたのこと、心から尊敬します。
今、実際に目の前の命に携わっているあなたも、本当に素晴らしいです。
これからどうしよう、と新しい一歩を迷っているあなたも、最高です。
誰かが、誰かのことを想って動く。
それ自体が、本当に、もの凄く尊くてすごいことだと思います。
当たり前のようだけど、当たり前にはできない。
そんな「優しい世界」が当たり前にあるということが、私には何よりも心地よいのです。
やっぱり私は、これからもずっと、大切な人のために「優しくありたい」のだと思います。
今夜も、どこかで誰かの味方になってがんばっているあなたの心が、どうか温かい優しさで満たされますように。
コメント